6月19日(土)  ガトウィック空港(12:25)→マラケシュ(15:05) easy Jet8895
朝7時にレストランへ行ったら、朝食は7時半から、と言われた。土日は7時半からバイキングメニューのみの朝食になっていて、ビジネスマン対応に徹している。
焼きトマトとマッシュルームをいっぱい食べた。
今日はモロッコへ出発だ。 9:00 大型タクシーでガトウィック空港まで行く。(70ポンド 1時間)
easy Jetのカウンターはオープンカウンターで、大行列ができていた。若い子連れの夫婦が目立つ。1時間行列してやっとチェックイン、荷物検査にまた30分かかった。座席もフリーだったけど、カツのチケットが2枚切られていてマキのチケットがない。手書きで切りなおしてくれたのには笑ってしまった。
なにはともあれ12:40無事出発。easy Jetはモロッコの民営航空会社で、食事、飲み物、音楽のサービスなし。必要最小限のコストで最安値を実現している。
海の上を延々と飛び、モロッコの赤い大地に着く。
16:00 マラケシュ空港到着。まず両替をする。1円=9.62デルハム(DH)
ホテルの車で20分、フナ広場まで行く。ホテルはリヤド・エニヤ Riad Enija 、フナ広場から近いスークの中のある。車は入れないので広場からはリヤカーで荷物を運んでくれる。
リヤド・エニヤは噂どおりの素敵なホテルで感激。ちなみにリヤドとは庭の意味からパティ(中庭)のある邸宅を意味するようになり、今では邸宅を利用したホテルのことを云う。
私達の部屋は庭に面した純モロッコ風の格式高い部屋。まず部屋の前でミントティーを御馳走になる。おいしい。うっそうと茂る木々に小鳥が鳴き、猫がいる。
おじさんがホテルの案内をしてくれた。至る所に素敵なインテリアの設えがなされ、アラブ式プールがあり、プライベートガーデンを持つ部屋も多い。カラフルなタイルの階段を上って屋上に行くと、大きな植木鉢に花があふれんばかり、デッキチェアーが並べられていた。
まずは部屋の前でミントティー カツ達の部屋 中庭
プライベート ガーデン 私達の部屋 お風呂
19:00 ジャマ・エル・フナ広場Djamaa el Fnaへ行って、屋台で食事をする。適当なところに座って、エビ、イカ、魚のフライ、サラダ、等々を頼む。屋台のおじさんは実に元気で陽気で愛想良い。
食後、フナ広場を観て歩く。香料売りが地べたに店を広げ、ドライフルーツとナッツの屋台、果物を積んだジュース屋が並んでいる。手にヘナを描いてもらう女の子や、広場の名物、カラフルな水売りのおじさんがいる。ヘナの入れ墨は魔よけになるそうで、ペンのように細い線を上手に描く。ぬいぐるみならぬコーラ釣りゲームが人を集め、様々な民族衣装を着たベルベル人のグループが楽器を片手に伝統音楽を演奏する。にぎやかで、活気に満ちていた。
スークの大通り スークの中の食器屋さん フナ広場の屋台で夕食
フナ広場の水売りおじさん ドライフルーツ売りの屋台 ベルベル人の音楽家
皆疲れているので早々にホテルに帰る。ホテルはドアーをたたくと入口を開けてくれる仕組みで、入り口から玄関まで細い通路がさらに続いている。入り口の警戒が厳重なので、部屋には鍵がない。 テレビも電話もなくて、ゆっくりモロッカンスタイルの異空間に身をひたすように造られている。バスルームは庭続きの隣部屋で、石造りのばかでかい風呂は湯を張るのが大変だった。
6月20日(日) マラケシュ観光
7:30 朝食。 部屋の前の食卓にバラの花びらを散らし、食器を並べる。ロマンティック!
以外と涼しくて、小鳥の声が楽しい。しぼりたてのオレンジジュース、丸いモロッコパン、チーズオムレツ、カフェオレ、どれもおいしかった。
今日は一日マラケシュ観光。 9:10 王宮にむかって出かける。
マラケシュMarrakech はフェズの次に古い都で、1070年頃ベルベル人によって造られた。1269年まで国の首都として交易、商工業、学問の中心地だったが、その後衰退。15cアサード朝の首都として再び政治、経済の中心地になり繁栄した。現在はカサブランカ、ラバトに次ぐモロッコ第3の都市である。
様々な人々と文化の交流から生まれた、豊かで雑多なあふれんばかりの陽気なパワーは他に類を見ない魅力となって、訪れる人々をひきつけている。
ジャマエルフナ広場に出ると、正面に美しいミナレットが建っている。このクトウビア・モスクKoutoubiaのミナレットは,高さ77mのムーア様式建築の傑作で、12世紀に建立されたマラケシュのシンボルである。
広場から真っすぐ南に歩いて、アグノウ門をくぐって、まず、サアード朝の墳墓群を見に行く。ここはサアード朝(1549-1659)の代々のスルタンが葬られているお墓だが、1917年に発見されるまで奥深く隠されていたという。
墓所は3室からなり、それぞれにコーランの一節や幾何学模様で美しく装飾されている。中でも第2室(12円柱の間)はサアード朝の黄金王アフメド・アル・マンスールの墓室として、特別荘厳な造りになっている。床と壁面は色鮮やかなタイルモザイクで飾られ、イタリア産大理石の12本の円柱がアーチを支えている。木や漆喰で造られたアーチの装飾も優しくて好ましい。
戸外の庭園には家臣の墓がいくつもあった。
サアード朝の墳墓群・12円柱の間 礼拝堂
にぎやかな通りにでて、バヒア宮殿へ行く。バヒア宮殿は19世後半アメド・ベン・ムッサという大臣が4人の妻と24人の側室の為に造ったアンダルス様式の大邸宅で、広大な庭園の中にある。
入り口を抜けるとムーア式庭園に出る。側に建てられた館の室内は壁から天井にかけて細密画が色鮮やかに描かれ、柱やアーチはアラベスク模様で覆われている。女の館だけに華やかさと柔らかさに満ちてとても美しい。奥の中庭には大理石が敷かれ中央に水盤が設えてある。周囲の部屋は側室の部屋だそうだ。
バヒア宮殿のムーア式庭園
王妃の間 水盤のある中庭
フナ広場を目指して商店街を歩く。途中でアルガンオイルを買った(100DH)。タクシーで革なめし職人の地区まで行く。タクシーは3人乗り厳守とか、2台に分乗した。
旧市街の途中が工事で通行止めになってたので、新市街へ出て、城壁沿いに回って行った。12:00到着。
タクシーを降りるとすかさず案内人がミントの枝をくれる。本当に臭いのでこれは必需品。
中に入ると広場に円形や方形の水槽が並び、人々が皮革を洗ったり染色したりしている。水槽のふちには原型のままの皮革がうず高く積まれている。観光地化されているとはいえ、強烈な臭いと相まって何とも異様な光景だ。回りの室内では革なめし作業をしていた。 最後に2階の店に連れて行かれて、ウエストポーチを買った。
革なめし職人の地区・皮革の染色水槽 家族総出で作業 乾してある皮革の山
観光の後はランチタイム。ダー・シェリファDar Cherifa というスークの中のレストランを探し歩く。13:20いい加減疲れたところでやっと見つけた。16世紀前半の歴史的建造物のパティオを改造した素敵なレストラン。ゆったりとくつろげる空間に座りこんで、4種類のサラダ、モロッコパン、焼き鳥、ミントティーのランチセットを食べる。休んだら、また元気が出てきた。
すぐ近くのインテリアショップに行ったら、ふたつとも閉まっていたので、博物館に行くことにする。カツはホテルに帰るというので、途中で別れる。
15:00 ベン・ユーゼフ・モスクのある広場に面したマラケシュ博物館Musee de Marrakech に入る。
19世紀後半に宮殿として造られた建物は中央の大きなパティオが立派だ。かってのハマムや部屋、台所が入り組んだ通路でつながれていて、迷子になりそう。展示物は少ないが、昔のベルベル人の肖像写真(かっこいい!)と古典的陶器が印象的だった。
スーク北側の通り
続いてベン・ユーセフ・マドラサMadersa Ben Youssef に行く。
マドラサとは学校のことで、ここは50年前まで神学校として使われていたそうだ。1565年アサード朝時代に造られた大規模な建物は、当時のイスラム建築の最高傑作といわれている。
暗い小さな入口をはいると壮大なパティオに出る。大理石の床の真中に長方形の水盤がすえられ、周囲に回廊が廻らしてある。壁、アーチにはモザイクタイルと精巧なアラベスク模様の彫刻が施されて、とても美しい。
回廊の二階は学生の寄宿舎で、130もの部屋が並んでいる。簡素で小さな部屋は清貧な学生生活を思わせる。
マラケシュ博物館のパティオ
礼拝堂の壁 2階の学生寮 クッバ・バアディン
ベン・ユーセフ・マサラドのパティオ
外に出ると、暑い暑い!
頑張って向かいにあるクッバ・バアディンKoubba BaAdiyn へ行く。 これは12世に建てられた水利設備の遺構。レンガでつくられたドームとトランプ型の窓が独特だ。
地下に造られた貯水池の水は50km南のアトラス山脈から運ばれてきたそうだ。
暑くて疲れてきた。革職人のスークを歩き、貴金属のスークを抜け、フナ広場まで戻って、ホテルに帰る。
17:00ホテル到着。シャワーをあびて、日本茶を飲んで、落ち着く。 明日 砂漠ツアーへ持っていく荷物をまとめて、19:00夕食。今日はカツの要望によりホテルで食べる。スープ、サラダ、タジン、デザートのセットメニューは、どれもおいしくて、満足、満腹
モロッコ独特の狭いダブルベットにも慣れて、結構快適に眠れるようになった。
明日から3泊4日の砂漠ツアーが始まる。ツアーはワルザザートにあるクスール・ヴォヤージュKSOUR VOYAGES という旅行会社に頼んだ。
6月21日(月) 砂漠ツアー1日目 (アトラス山脈を越えてワルザザートへ)
7:00 早めの朝食を済ませて、フナ広場へ行く。ドライバーさんがすでに待っていてくれた。名前はホシンさん。3人の子持ちだそうで、静かな感じ良い人。英語が堪能なのがありがたい。8:00 ワルザザートにむけて出発。四輪駆動のチャーター車で、エアコンもバッチリ、という豪華さ。私は後ろ座席の荷物の横に座るが、揺れも振動もなくて快適だった
緑豊かな郊外の村から次第にオートアトラスの山道にかかる。1時間も走ると雄大な展望が開けて、ちょっと休憩、景色を楽しむ。谷沿いに樹々が茂り、レンガつくりの集落が点在している。山腹は断層がむきだしで、真っ赤な土が荒々しい。
10:45 アルガンオイルの工場付属の店に寄る。
アルガンの樹はモロッコの南西部にのみ育成する樹で、その実から造られるアルガンオイルはベルベル人族の間で伝統的な治療薬として伝わってきたものだという。手作業で種を割り、中の仁を絞り、濾過精製してつくるアルガンオイルは、30kgの実から1リットルしかとれない貴重なものだそうだ。そして近年、健康に対する効果、アンエイジング効果が注目をあびているらしい・・・
店の入り口の通路に女の子が並んでオイルをつくる工程を実演していた。昨日オイルを買ったので石鹸を買う。
アトラスの丘の上から谷間の村を眺める
アルガンオイルの精製工程を実演する女の子 店ではアルガンオイル、化粧品、石鹸を販売
10分ほどしてオートアトラスの一番高い峠、ティシカ峠(2260m)に到着。アンモナイトや玉石を売る屋台が並んでいた。
荒涼かつ雄大なアトラス山脈が正面にそびえ、谷川に沿って木々が茂っている光景を飽きず眺める。
アトラス越えの自動車道路 雄大なアトラス山脈 ティシカ峠の土産物屋
12:15 アイト・ベン・ハッドウAit Ben Haddou 到着。
真正面に遺跡を眺めるレストランで昼食。ガラス張りの特等席だが、とにかく暑い。ミントティー、サラダ、タジン2皿、スイカとメロンのデザート。お腹いっぱい食べた。マキは下痢気味で元気がない。
アイト・ベン・ハッドウは日干しレンガでつくられた古い村で、小川のほとりの丘を利用して立体的に構築されている。
13:45 レストランのガイドさんが見学に連れてってくれる。小川を渡り、大きな門を入って、階段を上がる。太陽の光が強烈で日陰がない。暑くてまいった。
高い城壁をめぐらした通路が迷路のように伸び、銃眼のある塔が何本もそびえている。ここは難航不落の要塞都市だ。1987年ユネスコ世界遺産に登録された。また、映画”アラビアのロレンス””ハナムプトラ”が撮影されたことでも有名だ。土造りの建物はかなりいたんでいるが、5-6家族のベルベル人が今も生活しているそうだ。
居間をみせてもらったら、赤ちゃんがおくるみの中で寝ていた。
ガイドさんはフランス語しかしゃべれないので、説明はさっぱり分からなかった。 帰り際、マキが迷子になってひと騒動だった。
川を渡ってアイト・ベン・ハドウをバックに記念撮影 アイト・ベン・ハドウの町並み 険しい階段
銃眼のある塔 頂上からの景観
30分ほどでワルザザード到着(15:00)。ツアー会社の事務所に寄って、ツアー料金を払う。一人4547DH。
マラケシュからワルザザードまでは快適な舗装道路だったけど、ここからは砂漠の中の未舗装道路に入り、アンチアトラスの深い谷あいを行く。
砂漠の道は次第に大きな岩山の狭間を通るようになる。ガタガタ揺られて30分、オアシス”星の河”へ到着する。 16:30 ここから崖の上に建つベルベル人のテントを訪問。崖の上にはテント造りの家以外何もない。自給自足の極みの生活だ。テントの中には赤、黄、青のカラフルな織物とクッションが置かれ、さわやかな風が気持ちいい。
みんなですっかりくろいでしまった。
外の食卓でミントティ^と揚げパン、はちみつと山羊のチーズを御馳走になる。砂漠の蜂蜜は濃厚できついが、山羊のチーズはさっぱりしていておいしい。
下のオアシスでは池の水が輝き、ナツメヤシが茂っていた。
岩山の狭間を車で行く。真中に立つのは砂漠の道標
坂の上に住宅が見える ベルベル人の住居
また砂漠の道路を走り、途中の岩山に沿って急降下してフィントのオアシスへ行く。ワラザザートから15キロ南にあるフィント村は、川が流れナツメヤシが茂るのどかな谷間にある。
この村にある唯一のホテル、ラ・テラス・デリスLA TERRASSE DES DELICES が今日の宿だ。
村に入って2回も川を渡り、17:40 丘の上に建つホテルに到着。オーナーさんは日本語が上手。地球の歩き方に紹介されているせいか、日本人も良く来るという。
素朴な造りの広い食堂が良い感じ。部屋は風通しが悪くて蒸し暑いので、おじさんが旧式の扇風機を持ってきてくれた。しかしあまり暑いので中庭に面した部屋に変えてもらう。このほうがまだましか・・・
夕焼けの中、庭の食卓に座って向かいの岩山を眺めいる。ふもとに村落が見えるが、そのすべてが赤茶色。手前の谷はナツメヤシの緑。遠いところへ来たもんだ、と実感する。
20:00 庭で夕食。スープ、サラダ、クスクス、スイカのデザート。パンはチャパティ風。クスクスは肉も野菜も豪快な大盛り。どれも皆おいしかったが、さっきおやつを御馳走になったばかりなので、お腹いっぱいで食べられなかった。
マキは体調わるく、ワルザザードの冷房完備のホテルにすればよかった、と後悔しきり。でも他のメンバーはここが気に入って、しごくご満悦なり。
夕日を眺めながらミントティー 豪快なクスクス
6月22日(火) 砂漠ツアー2日目 (メルズーカ ・ らくだで砂漠キャンプへ)
良く眠った。前庭に出て、のんびり景色を眺めながら朝食。マキは具合が悪くて何も食べられない。カツはすこぶる元気。
ホシンさんは昨夜ワルザザートの自宅に帰ったが、今朝は民族衣装で現れた。織模様の入った水色がよく似合う。
8:00出発。ワルザザートまで戻って、布のショップへ行く。入口で織りと手刺しゅうのデモンストレーションをしていた。
大きな原始的な織り機で厚手の綿布を織っている。女の子は裏表のない細かい刺しゅうで民族文様を刺していた。
刺しゅうのテ−ブルクロスを買う。
ワルザザードからはカスバ街道をティネリールに向けて走る。
カスバとは城壁で囲まれた要塞のこと。ワルザザートもティネリールも、元は1920年代にサハラ砂漠の最前線基地としてフランス軍が築いた要塞だったそうだ。
 景色は一変して、ただただまっ平らな砂漠地帯になる。白茶けた平原に舗装道路が一本、地平線まで続いている。時々ダデス川の青い水面が遠くに幻のように見える。荒涼たる砂漠の中で見る水の色は例えようもなく美しい。
ホテルの庭でホシンさんと
10:00 エル・ケアラ・ムグナ El-Kelaa MGouna でトイレ休憩。
ここは香料用バラの生産地として有名なところ。香りの強いダマスク・ローズはこの近辺、ダデスの谷でしか育たないそうだ。ここにはローズウォーターを蒸留する工場やショップも多い。ローズウォーターは胃腸薬として飲んだり、クスクスの隠し味に使ったりするという。年中乾燥しているモロッコではバラの香りがよく合うのだろう、至るところでバラが使われている気がする。
11:30 ティネリールTinertir 到着。整然とした大きな町だ。 トイレに行ってレモネードを飲んで元気になる。
ティネリールから北の道へ入って、トドラ渓谷 Gorges du Todora へ向かう。
峠道をおぼって、トドラ川沿いのオアシスを一望する。ナツメヤシの茂るオアシスと赤茶色のカスバが対照的に並び、後方に荒涼たる砂漠がひろがっている。カスバ街道の全貌を眺めている感じが強かった。モロッコならではの景色だろう。
伝統的な織り機
トドラ渓谷へ行く途中、峠からカスバ街道を望む
車は川沿いに下って、トドラ渓谷の奥へと走る。両側の岸壁がだんだん険しくなってきた。
車を降りて、川沿いに10分程歩く。両側に赤茶けた高い岸壁が聳えている。200mはあるだろうか、その迫力にびっくり。ここは岩登りのメッカでもあるらしい。
登ってるパーティが一組いた。
最終地点で川を渡って、レストランで昼食(12:30)。ここのクスクスは格段においしかった。幾組かのフランス人の団体さんと一緒になる。皆とてもお行儀が良い。
岩登りしている若者 トドラ渓谷を歩く トドラ渓谷のレストラン
昼食後のドライブでは四人ともひたすら眠る。ホシンさんには悪いけど・・
続く