3月27日(日)  タトパニ(1190m) → ガーラ(1700m) → シハ(1935m)
5:30起床 6:30朝食 7:30出発。カリガンダキ川の沿って隣村まで30分程歩く。ここには湯治場としての温泉が河原にある。
登りに入って、向かいの山腹にもいくつか村が見える。ここら一帯はプン族の村だそうだ。
稜線を歩き、ひとつ村を通過して、10:20峠の茶屋で休憩する。西にカリガンダキ川が小さく見え、東にはこれから行くガーラ村、シハ村、正面にブーンヒルまでが見える。
この峠からはなだらかな村道だ。 ガーラに着いたらバスが停まっていた。ゴレパニまでバスが入るのも近いかもしれない。 学校から学生が三々五々出てきて試験用紙を見せ合っている。大学の入学試験なのだそうだ。
12:00昼食 ヌードルスープとフライドポテト。きれいな食堂に鶏が一羽歩きまわっている。ネパールでは鶏はククリカーン、バシワターンと鳴くらしい・・・
タトパニからの登り プン族の村を行く 大学の入学試験を終わって帰る学生
家の前で孫の世話 親鶏についてまわるひよこ 庭先でかごを編む
14:00 シハ Shikha(1935m) 到着。ホテルの部屋は食堂と別棟にあり、青いペンキが印象的な建物だ。一人でミルクティを飲みに行く。食堂は近所の人のお茶のみ場になっているらしく、にぎやかだった。
ひと眠りして、18:00夕食。ストーブが暖かくて気持ちいい。同宿の若いグループは飽きもせずトランプをしている。夜もけっこううるさかったが、よく眠った。
3月28日(月)  シハ(1935m) → ゴレパニ(2850m)
5:30起床 6:30朝食 7:30出発。 朝食はチャパティ、フライドエッグ、ポテトスープ。
ゴレパニ峠へ続く道は古くからの街道で、毎日200人くらいが通行していると云う。その半分はトレッカーだそうだ。荷物を積んだ馬や村人の往来も多い。
この近辺の農家では牛を働き手として、馬を荷役と乗り物として使う。水牛は牛乳を採り食肉にするのだそうだ。
30分も歩いた頃、道端にしゃくなげの古木が真っ赤な花をつけて並んでいた。シャクナゲは2000以上の高地でしか生えない。いよいよしゃくなげ街道のはじまりだ!
9:50 チトレ Chitre(2390m) 到着。大勢のトレッカーがお茶を飲んでいる。正面にダウラギリとニラギリが美しく見えるはずだが、今日は雲があつくて何も見えない。
立派な石畳の道が続き、しゃくなげの林に入る。大木に赤い花が散らばるように咲いていて、本当にきれい。ピンクの花も多い。上に行くにつれてシャクナゲの大木が群生している。見とれてばかりで、足が進まない。写真を撮りながら、休み休み歩く。沈丁花の花も咲いていた。
しゃくなげの古木 荷物にシャクナゲを飾って歩く
チトレのホテル
真っ赤なシャクナゲはネパールの国花
ピンクの花も多い
ゴレパニ峠のちょっと手前でもう一度お茶休憩をする。小屋の中のかまどの火が暖かくて、気持ち良かった。
12:30 ゴレパニ Gorepani(2850m) 到着。丘の上の大きなホテルに落ち着く。残念ながら山は何も見えない。
まずは昼食にする。マッシュルームスパゲティ、オニオンスープ、ポテトフライを竹本さんと半分づつ食べる。稔、ダルバート。食堂のストーブに火が入っていて暖かい。
雨がふりそうなのでレインコートを着て散歩に出かける。土産物屋で絵はがきやしおりを買って、店を出たらいきなりポーターのビッカラムさんに出会って、びっくり!!!
5年前世話になって、またランタンで思いがけず出会ってから3年、すごく大人っぽくなっていた。ホテルの下の広場にテントを張っている北欧のツアー団体のポーター・チーフをしている、と云う。ガイド・リーダーはマンシンさんの親しい友人で、男の子を連れていた。何という奇遇。コースも私たちと同じだとか。
稔、タバコを1本もらって吸う。これがくせになって、以後、ビッカラムさんは事ある毎にタバコを持って訪ねてきてくれた。
ホテルに帰ってシャワーをあびて、洗濯をして、ストーブの上に干す。今日の同宿者は二人のデンマークのお姉さん、若いカップルのみ。夕方、とうとう雨が降り出した。 明日の天気が心配。 ゴレパニ峠全景
夕食はマカロニ、フライドポテト、トマトスープ。寒いので今日はビールではなくロキシーで乾杯する。
明日の朝のブーンヒル行きはあきらめることにした。残念だけど。
3月29日(火)  ゴレパニ(2850m) → タダパニ(2630m)
ホテルの食堂
目を覚ますと部屋の窓からダウラギリとアンナプルナが見える。ガスの上のダウラギリに朝日があたり始め、アンナプルナの上の雲も次第に薄くなってきた。きれいだ。
テント泊の人達は4時半ごろブーンヒルに出かけて、朝食中に帰ってきた。
ダウラギリ アンナプルナTとサウス
ポリッジを食べる。食べてる間にダウラギリはガスで見えなくなってしまい残念だった。ビッカラムさんが訪ねてきてくれて、稔と二人でタバコを吸っていた。
7:30出発。シャクナゲの咲く尾根道を休み休み歩く。だんだん天気があやしくなってきた。
9:00 丘の上で休憩。ここからはシャクナゲ林の上ダウラギリとアンナプルナの展望が開けるはずだったのだが・・・・ガスが濃くなってきて、シャクナゲ林が幻想的に見えるのみ。
再びシャクナゲ林のアップダウンをくりかえして、9:50 デウラリDeurali(3090m)で休憩。おみやげの腕輪を買う。
雨が降り出した。
川沿いの急降下道で、元気な日本人男性グループと出会う。
その後、15−6人のツアーグループに3組も会った。さすがここはゴールデンコースだと感心した。
12:00 バンタンティ Ban Tanti(3180m) で昼食。ヌードルスープ。稔はめかぶスープのみ。小雨が降り続いている。
霧のなかのシャクナゲ林を一気に下り、川の橋を渡ると、タダパニまで一気に登る。ポーター達は15分で行くそうだが私たちは1時間かかった。
丘の上のシャスナゲ林
15:00 タダパニ Tadapani(2630m) 到着。稔は寝てしまったので、竹本さんと食堂でお茶を飲む。寒いし、停電中で薄暗い。
突然雷が鳴って激しく雨が降り出した。
トイレが庭の向こう側なので少し心配したが、夕方、日が暮れる前に止んで、マチャプチャレが見えた。。
夕食はフライドライス、オニオンスープ、ボイルドベジ。稔はフリーズドライの日本食。マンシンさんが水牛の干し肉を煮たものを持ってきてくれて、とてもおいしかった。
寝る前にトイレに行ったら、満天の星空だった。
雨の中 岩陰で休憩
3月30日(水)  タダパニ(2630m) → ガンドルン(1940m)
朝起きてみたらアンナプルナは雲の中。朝食まで外の焚火にあたっていたら、ビッカラムさんがまた来てくれた。稔と二人うれしそうにタバコを吸っている。
7:30出発。外の土産物屋がオープンしていた。今日は雨は大丈夫みたいだ。少し雲が上がって、アンナプルナサウスが顔を出した。
タダパニにて  シャクナゲとアンナプルナ シャクナゲの下を歩く人たち 苔むす森の道
大きなシャクナゲが立ち並ぶ森を1時間程下る。苔だらけの古木は風格があって立派だ。 
8:40 バイシカルカ BhaisiKharka(2480m) でお茶休憩。道中ずっとノルウエー人グループと追いつかれたり追い越したりしながら歩いた。林の中の下り道が続く。
11:00 ガンドルン Gandrung(1940m) 到着。伝統的な石の屋根が並ぶ村のたたずまいは何時見ても魅力的。今日は山が見えないのが残念だけど。
大分下って、中腹のホテルに泊る。
隣の庭で大工さんが仕事をしていた。不思議な事に二人でかんなを押したり引いたりして、木を削っている。
部屋はニ階の角の3人部屋。なんとシャワー室にバスタブがある(勿論飾り)。昼食を食べていたら雨が降ってきた。
シャワーをあびて、ひと眠りして、天気が回復したので竹本さんと散歩に出かける。歩いてきた道を登って行って、お茶を飲もうとホテルの中庭に入って行ったら、大阪からきた4人組と出会った。ひとしきり話がはずむ。稔はマンシンさんと民族博物館に行ったそうだ。
バイシカルカ ガンドルンの家並み
高度が下がったので、夜なっても暖かい。今日の同宿者は4人組の若い女の子と3人組の男女混成チーム。女の子たちとは隣同士になった。夕食はスパゲティ・ポテトフライ、ポテトスープ。コックさんは大忙しなのだろう。7時半頃まで待たされて、やっと出てきた。
3月31日(木) ガンドルン(1940m) → ランドルン(1640m) → トルカ(1700m) → ベリーカルカ
5時に目覚ましをかけて、見晴らし台に出かける。夜開け前、対岸のランドルンの灯がきらめいている。ちょっとサウスの頂が朝日に輝いたが、雲が多すぎる。
あきらめてホテルに帰る。
6時過ぎ、雲が切れてホテルの2階からきれいにアンナプルナサウスが見えた。
 三人で飽きずに眺める。
7:00 景色を眺めながら中庭で朝食、ポリッジを食べる。
7:50出発。石畳の階段をひたすら降りる。
農家が点在している道を650m下り、モディ・コーラのほとりの茶屋で休憩。
ザクロジュース、ライチジュースを飲む。対岸の崖にハチの巣穴がいくつもあって、猛毒のハチがいるそうだ。茶屋の名前も bee have loge という。
昨日の大阪4人組と一緒になった。今日はポタナまで行くと云う。
モディ・コーラの橋の手前で、村の子供達が歌を歌っている。恰好な小遣い稼ぎか。可愛くって20Rあげる。
橋を渡るとランドルンの村まで急な登りが続く。
11:00 ランドルン Randrung(1640m)のホテルで昼食。
採ってきたばかりのぜんまいがあったので、ゼンマイ入りの焼きそばを頼んだら、おばさんが上手にぜんまいを縦に裂いて料理してくれて、すごくおいしかった。
竹本さんは気の毒にお腹の調子が悪くて絶食。
対岸の山にガンドルンの村が広がっている。すっかっリ曇って山は見えない。
ガンドルンにて 朝日のアンナプルナサウス
ガンドルンの石畳の階段 モディ・コーラの橋にて ランドルンで昼食
12;30出発する。遊びながらのんびり歩き、14:00 トルカ Tolka(1700m) 着。立派なホテルに入った途端雨が降り出した。 よかったと思ったら、急に大きな団体が入って満室になってしまったという。しかたない。雨の中、次のホテルまで山腹道を一時間歩く。
農家の庭先 ベリーカルカ
段々畑と水牛
15:00 ベリーカルカ BhediKharka 到着。道端にホテルが一軒あった。ひさしぶりに電気のない部屋だ。トイレは小屋の横の階段を降りたところにある。
雨は止んだと思うとまた降るという状態なので、トイレに行くのが億劫になる。
道をへだてた別小屋でストーブをたいていた。若い男女がトランプをして遊んでいる。寒いのでストーブの前に座り込んで、夕食もここで食べた。
19:00何もする事がなくなったので、部屋に帰って寝る。雨がしきりに降っている。
夜中 トイレに行ったら、すっかり晴れて、満天の星空が広がっていた。
4月1日(日)  ベリーカルカ → ダンプス(1650m)
6:00起床。 上天気だ! お茶だけ飲んで 7:00出発。 
いきなり1時間のの急登。木間から真っ白に光るアンナプルナが見えて思わず歓声が上がる。村々のはるか彼方にダウラギリも見える。
登り切ってデウラリの茶屋で朝食にする。アンアプルナの眺めが素晴らしい。
ダウラギリが見える デウラリにて  アンナプルナサウスとヒムチュリ
デウラリからはなだらかな下り道をのんびり歩く。10:15 ポタナ Pothana(1890m) 通過。
公園のようなおだやかな風景の中を歩いて、芝生の草原に出る。ポカラから来た家族がピクニックをしていた。
ダンプス Dhampus(1650m) の上村が見えてきた。
11:40ホテル到着。昼食はフライドライスとベジエッグスープを稔と分けて食べる。竹本さんは梅干し茶のみ。
家族でピクニック ダンプスの上村 いざリ機織
午後、雨が降りそうなので急いで散歩に出かける。ダンプスには大きな車道が通っている。フェディへの分岐まで行って、ナウダラ方面を見渡しながら休憩する。
遠くの山上に日本山妙法寺のストウーパが見えた。
雨が降り出した。ホテルに帰ってシャワーを浴びて、洗濯をして、気持ち良く、ひと眠りする。
激しく雨が降るが、1時間程で止んだ。今年ほど雨の多い年も珍しい、去年は全然降らなかった、とマンシンさんが云う。
食堂で一人 お茶を飲んでいたら、イギリスの旅行会社のツアー客が17人も到着した。年配の人が多い。
夕食はかち合わないように、早めに済ませた。
4月2日(土)  ダンプス(1650m) → ヤンジャ(1070m) ⇒ ポカラ(800m)
6:00 素晴らしい天気だ。喜んで食堂の屋上に上り、景色を眺める。
ラムチュンヒマールの方角が明るくなり、アンナプルナサウスの頂上が朝日に染まる。しばらくしてマチャプチャレ、アンナプルナWに日が当たり始めた。飽きずに眺める。同宿のイギリス人たちも三々五々やってきた。
アンナプルナサウスとマチャプチャレ アンナプルナサウスとヒムチュリ マチャプチャレ、アンナプルナW&U、ラムチュンヒマール
7:30出発。竹本さんはまだ調子が出ない。今日はゆっくり車道を下って、ヤンジャから車でポカラに帰る予定だ。ハリーさんはフェディへ下ってバスで来るそうだ。
山の斜面を景色を楽しみながら歩く。アンナプルナからマチャプチャレまですべてが白く輝き、農村ののどかな風景が心にしみる。
どんどん下って、川沿いに点在している村を眺めつつ歩く。
11:45 ヤンジャ Hyangla(1070m) 到着。標高が低くなって急に暑い。たまらずにコーラを飲んだ。
ミランチョックという大きな町に出たらバス停ではりーさんが荷物を抱えて待っていた。 タクシーでポカラまで行く。ホテルは行きと同じホテル・トレック・オテル
着替えをして、そのままランチに出かける。フェワ湖のほとりでスパゲッティとポテトチップを食べて、ビールで乾杯!!!
幸せ気分満開、2時間も座り込んでいた。
ダンプスのホテル 白く輝く山々が美しい
その後、買い物をしながら町をぶらぶらする。竹本さんは大きな木製の亀を手に入れて大満足。
部屋に帰り、暖かいバスタブにつかり、お茶を飲み、休憩。
夕食は肉に飢えて大きなローストチキンとサラダ。
これでトレッキングも終わりだ・・・無事を祝してまたまた乾杯・・・
農家の庭先 ミランチョックのバス停
4月3日  ポカラ ⇒ (ツーリストバス) ⇒ カトマンズ
今日はツーリストバスでカトマンズまで行く。
5:30起床。荷物をまとめて 6:30庭で朝食を食べる。フェワ湖の澄んだ水面が気持ちよく、ポカラともこれでお別れかと思うと名残惜しい。
マンシンさんと一緒にお茶を飲んで、バス停に行く。バスは大きくて最高のデラックスバス、私と稔は最前列の席だった。 7:30出発。
ポカラからカトマンズまでは立派な舗装道路が続いていて、さすが幹線道路。バスは揺れも少なくフルスピードで走る。
ジョムソン街道とは大違いだ。30分〜60分ごとに大きな町を通過する。
チトワンへの分岐地点を通過して、11:00 チトワンクリンターのレストランで昼食。ここは広大な敷地に建つリゾートホテルで、庭にプールがあってリッチな親子が遊んでいた。標高が200m位しかないので、とても暑い。12:00出発。車内にエアコンが入った。
チトワンクリンターのホテルレストランで昼食 カトマンズ・競馬を見る人の群れ ホテルの中庭で休憩
1時過ぎ、大きな峠を登る。運転手は急カーブを切りながら追い越しをかけるので、対向車と衝突しないかと気が気でない。カトマンズに近づくにつれトラックの往来が激しくなって、上りも下りも大渋滞になった。 14:00カトマンズの町を一望する峠を通過。改めてカトマンズの大きさに驚いた。
カトマンズ市内には行ったら、公園で何か催しがあるらしく、見物の人が道にあふれている。入り口付近は木の上まで鈴なりの人だ。何事かと思ったら、軍楽隊のパレードがあって、競馬が行われるらしい。みんな賭けをするらしい。
ホテルはタメル地区のカトマンズ・ゲストハウス。バス停からホテルまでリクチャーに荷物を運んでもらい私たちは歩いた。
ホテルのロビーのTVで先ほどの競馬の実況中継をしている。見たら、のんびりした感じの障害物競争だった。やっと到着したーという感じでまずは中庭でジュースを飲んで休憩。
夕食は”ふる里”でマンシンさんと一緒にすきやき定食。やっぱり日本人は日本食ですね、おいしさが身にしみる。ビールとロキシーで乾杯。
4月4日 カトマンズ   ボダナート・パシュパティナート観光
9:00 タクシーでボダナートへ行く。ネパール最大のストウーパのあるこの聖地は古くからチベット仏教の中心地として敬われてきた。大きなストウーパと四方を見据える目と、圧倒されるようなエネルギーを感じる。五体倒地する人が何人もいた。お布施にストウーパに塗る胡粉をお供えした。おおきなマニ車のある寺院の屋上から全体のを楽しんだ。
ネパール最大のストウーパ ストウーパに塗る胡粉を供える 寺院の壁画
タクシーで近くのヒンズー教寺院 パシュパティナートへ行く。境内には信者しか入れない。
本堂の裏に川が流れ、そのほとりが火葬場になっている。嘆き悲しむ親族の人々に囲まれて、亡くなって間もない男の人が戸板に横たわっている光景に出合った。医者が診断をして、その後遺体に麗々しい布が掛けられたが、実に生々しい光景だった。 向かい側の高台にはリンガを祭った塔が行列していて、これもなかなかのみものだった
パシュパティナートの入り口 パシュパティナート全景 手前はリンガを祭った塔 火葬場
タクシーでカトマンズに帰り、インドラチョークにある3階のレストランで昼食にする。1階はいろいろな店、2階は仕立て屋になっていて、私たちには絶対に分からない店だ。チュパTHUKPA(ラーメン)を食べる。おいしい。ネワール族のお祭りの神輿が下を通って行った。神輿の姿は日本のと違うけど基本的には同じなんだ、と妙に感心した。
アサンチョークでチベッタン・ソルトを買ってホテルに帰る
インドラチョーク ネワール族の祭りの神輿 タカリキッチンにて最後の乾杯
19:00 ロビーでマンシンさんと待ち合わせて、タカリキッチンでダルバートを食べる。ここは本当においしい店だった。
長かったトレッキング、ご苦労様でした。マンシんさんお世話になりました。ネパール最後の夜、名残を惜しんで、乾杯、乾杯!!!
4月5日  カトマンズ13:30発 ⇒ バンコック18:30着 23:30発 ⇒ 関西空港7:00着
朝早く目が覚めて、中庭で朝食前のコーヒーを飲む。 
7:30 町のレストランに出かけたら8:00オープンだった。しかたないので角のパン屋でパンを買って、屋上の喫茶店で食べた。
ネパール・マネーを残さないように最後の買い物をして、ロビーでマンシンさんとお別れをして、10:30飛行場へ向かう。
13:30発タイ航空に乗り込む。今回はびっくりするほど荷物のチェックが厳しかった。
バンコックのターミナルでは5時間待ち。例によってスタバのソファを確保して、丁度良い運動とばかり、免税店の通路を歩きまわる。
皆 お腹いっぱいで夕食を食べる気にならないので、カット・パパイヤを買ってきて食べた。その後、酢わかめを食べたら急に胃の調子が悪くなった。
関空までの飛行中は胃痙攣との闘いだった。まんじりともせず苦しんで、7:00到着。
死に物狂いで家に帰って、翌朝までうつらうつらと眠りこんで、一件落着、となった。